歴史の内に働かれる神

ダニエル10:9-14

Dan. 10:9 私は彼の語る声を聞いた。彼の語る声を聞きながら、顔を伏せて地に倒れ、深い眠りに陥った。

Dan. 10:10 ちょうどそのとき、一つの手が私に触れて、膝と手のひらをついていた私を揺さぶった。

Dan. 10:11 それから彼は私に言った。「特別に愛されている人ダニエルよ、私が今から語ることばをよく理解せよ。そこに立ち上がれ。私は今、あなたに遣わされたのだ。」彼がこのことばを私に語っている間に、私は震えながら立ち上がった。

Dan. 10:12 彼は私に言った。「恐れるな、ダニエル。あなたが心を定めて、悟りを得ようとし、自分の神の前で自らを戒めようとしたその最初の日から、あなたのことばは聞かれている。私が来たのは、あなたのことばのためだ。Dan. 10:13 ペルシアの国の君が二十一日間、私に対峙して立っていたが、そこに最高位の君の一人ミカエルが私を助けに来てくれた。私がペルシアの王たちのところに残されていたからだ。

Dan. 10:14 私は、終わりの日にあなたの民に起こることを分からせるために来た。その幻は来たるべき日を待たなくてはならないが。」

結論:私たちは神に愛されており、私たちの祈りは神に聞かれている。

・ダニエルという人物

ダニエルはヨシヤの治世でユダ王国で生まれました。前605年にバビロンに囚われて行きました。

その頃の年齢は10代だったと言われています。

囚われていった先のバビロニア帝国では政治家.預言者として活躍しました。

以下ダニエルが使えた王

バビロニア帝国.ネブカデネザル-ベルシァツァル-ダリヨス

ペルシャ帝国.クロス王

※ダニエルは囚われていった異教の国で王に仕え信仰に立ち続け、

神に祝福され王たちに主の栄光を見させ神に導きました。

・夢の解き明かしと、終末の預言を受けている

バビロンが滅ぼされることはネブカデネザルの夢によって告げられており、

ダニエルは2章でその夢を解き明かしている。

Dan. 2:28 しかし天に秘密を明らかにするひとりの神がおられます。この方が終わりの日に起こることをネブカドネツァル王に示されたのです。あなたの夢、寝床であなたの頭に浮かんだ幻は次のとおりです。

Dan. 2:31 王よ。あなたが見ておられると、なんと、一つの巨大な像が現れました。この像は巨大で、異常な輝きを放って、あなたの前に立っていました。その姿は恐ろしいものでした。

ひとつの大きな像

頭:純金バビロン 腕と両腕:銀ペルシャ 腹ともも:青銅ギリシャ すね:鉄ローマ

足と足指:一部が鉄・一部が粘土 終わりの日 強い国々、脆い国々

私たちは終わりの時代に置かれている

鉄と粘土が混じり合わないように、それらが互いに団結することはありません

結論:目に見える戦いと目には見えない信仰の戦いを学ぶ。

ダニエルは大きな戦争がある事を幻の中で示され、

御使がイスラエルのために戦っていることを知ります。

これは私たちがどのような霊的な状況に置かれているのかがわかります。

私たちが祈る時に主が私たちのために戦われるのです。目に見える戦いの背後には、

目に見えない霊の戦いがあるのだ、ということを覚えたいと思います。

ダニエルは激動の時代を生きた預言者であり政治家。

自国主義、独裁主義、自分都合の情報配信、戦争と戦争の噂

世界情勢の不安定化、都合の情報操作(プロパガンダ)

個人主義の蔓延、性の乱れ、格差の広がり、個人が抱える問題も複雑化

世界の状況は悪くなる一方に見え、私たちの祈りが聞かれていない感覚に陥る、

しかし、神は、私たち個人の祈りに応え、国と歴史を動かすほどの方

Dan. 9:2 すなわち、その治世の第一年に、私ダニエルは、預言者エレミヤにあった主のことばによって、エルサレムの荒廃の期間が満ちるまでの年数が七十年であることを、文書によって悟った。

おそらくダニエルはイスラエルの民が、なぜバビロンのに連れていかれたのか、

なぜこのような捕囚の身となり、事態になったのかという事を

神に伺うため熱心にエレミヤ書を読み調べていたのだろう。

そこで、ダニエルはエレミヤ書を読み、

イスラエルの民が70年の捕囚の時を経て帰還する事を悟る。

クロス王元年にユダヤ人のエルサレム帰還がはじまる。

エズラ記1:1-3ーペルシャの王クロスの第一年に、エレミヤにより告げられた主のことばを実現するために、主はペルシャのペルシャの王クロスの霊を奮い立たせたので、王は王国中におふれを出し、文書にして言った。 ペルシャの王クロスは言う。『天の神、主は、地のすべての王国を私に賜った。この方はユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てることを私にゆだねられた。

クロス王の勅令により既にユダヤ人達はエルサレムに帰還クロス王が元年に、

ユダヤ人にエルサレム帰還と神殿再建の布告を出しました。

エルサレムは瓦礫の山で、荒れ果てどこから手をつければよいか分からない状態であり、

度重なる妨害があり工事は中断していました。

・イザヤのクロス王の預言 クロス王という人物

イザヤ書には「クロス」の名前が以下の箇所に2回出てくるイザヤはクロスが歴史の中に登場する140~150年程前に神からの啓示によって「クロス」という実名の人物を預言しています。預言とは前もって書かれた歴史です。イザヤはその人物のことを全く知らずに語ったのでした。

44章28節

わたしはクロスに向かっては、『わたしの牧者、わたしの望む事をみな成し遂げる』と言う。エルサレムに向かっては、『再建される。神殿は、その基が据えられる』と言う。

45章1節

【主】は、油そそがれた者クロスに、こう仰せられた。「わたしは彼の右手を握り、彼の前に諸国を下らせ、王たちの腰の帯を解き、彼の前にとびらを開いて、その門を閉じさせないようにする。・・」

ダニエル書10章は、ペルシャ王クロスの第3年に示された預言が書かれている。

10:1 ぺルシヤの王クロスの第三年に、ベルテシャツァルと名づけられていたダニエルに、

一つのことばが啓示された。そのことばは真実で、大きないくさのことであった。

彼はそのことばを理解し、その幻を悟っていた。

ダニエルは「ベルテシャツァル」と自分のバビロン名を名乗っています。

公式の文書として書き残すために、公式の名前を使ったのでしょう。

ですのでこの幻は重要なものであるとダニエルは判断しました。

10:2 そのころ、私、ダニエルは、三週間の喪に服していた。10:3 満三週間、私は、ごちそうも食べず、肉もぶどう酒も口にせず、また身に油も塗らなかった。10:4 第一の月の二十四日に、私はヒデケルという大きな川の岸にいた。

ダニエルは80を超える高齢者であったためバビロンに残り、エルサレムの報告を聞き心配し喪に服していたと言えます。ダニエルが断食をしているのは、彼らと共に苦労をともにし主の助けと祝福があるようにとりなしの祈りを捧げていたと言えます。

食事の一部だけを断っています。「ごちそう」「肉」「ぶどう酒」です。少しぜいたくな物はすべて控えていました。断食というと私たちはすべてを断つ、あるいは水だけを飲むことを考えますが、このように、ごく基本的な粗食だけをして時間を過ごすのも断食の一つです。そして、ダニエルは「身に油を塗らなかった」と言っていますが、当時はちょっとした身だしなみとして油を塗っていました。

10:1そのことばは真実で、大きないくさのことであった。

彼はそのことばを理解し、その幻を悟っていた。

そして「そのことばは真実で、大きないくさのことであった。」とあります。

11章を読めむと、その戦いの様子があまりにも現実で、規模の大きいもののようでした。

彼は一回目と二回目に幻を受けた時には、顔色が変わり驚きすくみ、おびえていました(7:28,8:27)。その理由は幻を悟ることができなかったからです。

幾度となく幻が示されていましたので、少しずつ理解ができるようになっていたのです。

・キリストの現れ

10:5 私が目を上げて、見ると、そこに、ひとりの人がいて、亜麻布の衣を着、腰にはウファズの金の帯を締めていた。10:6 そのからだは緑柱石のようであり、その顔はいなずまのようであり、その目は燃えるたいまつのようであった。また、その腕と足は、みがきあげた青銅のようで、そのことばの声は群集の声のようであった。

10:7 この幻は、私、ダニエルひとりだけが見て、私といっしょにいた人々は、その幻を見なかったが、彼らは震え上がって逃げ隠れた。

10:8 私は、ひとり残って、この大きな幻を見たが、私は、うちから力が抜け、顔の輝きもうせ、力を失った。10:9 私はそのことばの声を聞いた。そのことばの声を聞いたとき、私は意識を失って、うつぶせに地に倒れた。

そして、10:10-11神が手を伸ばしてくださり、

「神に愛されている人」と語りかけてくださった。

どのような境遇に置かれていたとしても私たちは神から愛されている人なのです。

愛されているとは他の表現では「恋い慕う」宝の民であると表現されています。

※神に前にへりくだろうと決めた時から、 ダニエル10:12あなたの神の前でへりくだろうと決めたその初めの日から、

完璧な人間になったのではなく、跪き熱心に祈った結果、

主はダニエルに答えてくださいました。

へりくだるとは神に従うこころ。

※主は私たちのところに来てくださる方。

祈り、主を求める者のところに主は来てくださる

キリストご自身と言われている。ヨハネも黙示録で同じように主の現れを見ている。

Dan. 10:11 それから彼は私に言った。「特別に愛されている人ダニエルよ、私が今から語ることばをよく理解せよ。そこに立ち上がれ。私は今、あなたに遣わされたのだ。」彼がこのことばを私に語っている間に、私は震えながら立ち上がった。

Dan. 10:13 ペルシアの国の君が二十一日間、私に対峙して立っていたが、そこに最高位の君の一人ミカエルが私を助けに来てくれた。私がペルシアの王たちのところに残されていたからだ。

このペルシヤの君は堕落した天使の一人、

その抵抗によってダニエルの所に来ることができなかった。

そしてミカエルが来て助けてくれたので私はあなたの所に来たのだ、と言っています。

覚えておきたい事は神が弱いのではなく

何らかの理由でこの事を許されていたと考える必要があります。

執り成しの祈りは非常に重要で神ご自身が動いてくださることがわかります。

12節、私たちも執り成しの祈りはをささげ、

時として答えがないと思うかも知れませんが、

祈りは私たちが祈りはじめた時から聞かれている

そして、神は祈る者を励ます

※神は神に特別に愛されている人よと、ダニエルを励ましている。10:11.19

※私たちは霊的な戦いに置かれている。

ここの箇所を見るときに目には見えない霊的な戦いがあることが分かる。

Eph. 2:2 かつては、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って歩んでいました。

第2コリント12:を見るとパウロは第三の天に引き上げられたことが分かります。

2Cor. 12:2 私はキリストにある一人の人を知っています。この人は十四年前に、第三の天にまで引き上げられました。肉体のままであったのか、私は知りません。肉体を離れてであったのか、それも知りません。神がご存じです。

「パラダイスに引き上げられて、人間には語ることを許されていない、口に出すことのできないことばを聞いたことを知っています。(2コリント12:4)」ですので、天には階層がある事がわかります。

そして、不思議な表現ではありますが、天にいるもろもろの悪霊とあります。

Eph. 6:12 私たちの格闘は血肉に対するものではなく、支配、力、この暗闇の世界の支配者たち、また天上にいるもろもろの悪霊に対するものです。

私たちの祈りは霊的な戦いといえます。

祈りが聞かれているのか聞かれていないのか分からないと感じる時や、

絶望感、疲労感があるかもせれません。

しかし、私たちの祈りは主に聞かれており、神のタイミングで応えられるのです。

ですから、忍耐を持って祈り続けることが必要なのです。

※この戦いは勝者が決まっています。信仰に立つ時に神が勝利されるのです。

「なぜなら、神によって生まれた者は、世に打ち勝つからです。私たちの信仰、これこそ、世に打ち勝った勝利です。(1ヨハネ5:4)」「私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。(ローマ8:37)」「神はいつでも、私たちを導いてキリストによる勝利の行列に加え、至る所で私たちを通して、キリストを知る知識のかおりを放ってくださいます。(2コリント2:14)」

以下、ダニエルが読んだエレミヤ書です。

エレミヤ29:13-14

Jer. 29:11 わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている──主のことば──。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。

Jer. 29:12 あなたがたがわたしに呼びかけ、来て、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに耳を傾ける。

Jer. 29:13 あなたがたがわたしを捜し求めるとき、心を尽くしてわたしを求めるなら、わたしを見つける。

ダニエルが、エレミヤ書から学び、へり下り、熱心に祈る時

神は祈りを聞き、ご自身をダニエルに現してくださいました

わたしたちも熱心に祈り、この世界のために取りなしの祈りを捧げるものでありたいと思います。

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