祈り

テーマ:『祈り』 聖書:創世記18章25節 川口竜太郎 先生 2020/09/13 依然として、世界では新型コロナウィルス (疫病)が蔓延し、 バッタの被害が相次いでいます。 新型コロナウィルスの死者は87万人に及び、バッタの被害では4200万人が食糧の危機に瀕しています。(2020.9.6調べ)  疫病とバッタの被害はたまたま偶然二つ同時に起こっているとは言い切れません。この試練の中で私たちは何を学んでい流のでしょうか。 今は暗いトンネルの中を歩いているようで、 先行きが見えず不安を覚える人も多いと思います。 しかしこのような状態が永遠に続くことはありません。 今必要なのは皆さんのお祈リです。 教会、国に立てられている牧師先生・リーダーたちの決断が祝福され、また私たちの信仰生活が守られると同時に、 これ以上感染症による犠牲者が出ることがないように、 とりなして祈って欲しいと思います。 今日はとりなしの祈りの力を学びたいと思います。 「創世記18章17~22 32節「主よどうかお怒りにならないで、今一度だけ私に言わせてください。もしやそこに十人見つかるかもしれません。」すると主は仰せられた。「滅ぼすまい十人のために。」 結論 取り成しの祈りは力があり、滅びゆく人を救う。 私達は祈る事によって霊的に目を覚まし、 多くの人々が救われることを祈る必要があります 隣人のために祈る事も力強い伝道である事を覚えたいと思います。神様が全ての主権を持って、私たちの願いを聞いてくださる。 私達のとりなしの祈りには人を救いに導き、 滅びから救うことになる、神様の哀れみを起こさせる力がある事を覚えたいと思います。隣人の救い、日本の救い、を祈ることは本当に重要な事です。 一見地味で間接的な伝道のように思えるかもしれませんが、 取り成しの祈りの伝道は神様が直接動かれる力強い伝道です。 ・上の権威のために祈る

アブラハムの甥のロトはソドムという町に住んでいました。 この町は非常に悪い町で、霊的にも性的にも乱れていました。 彼らの非常に重い罪によってこの町は滅ぼされようとしていたのです。

gen18:17 主はこう考えられた。 「わたしがしようとしていることを、 アブラハムに隠しておくべきだろうか。

・主はアブラハムにことを隠されない、 日毎の神との関わり大切。 主はアブラハムにご自身が考えておられることを告げられた。 神とともに生きるものは、聖霊に導かれるものは、 やがて起こることを示される。(ヨハネ16:13) そして、私たちにとりなしの機会を与えられる。

「gen18:20 そこで主は仰せられた。 「ソドムとゴモラの叫びは非常に大きく、 また彼らの罪はきわめて重い。gen18:21  わたしは下って行って、わたしに届いた叫びどおりに、 彼らが実際に行なっているかどうかを見よう。 わたしは知りたいのだ。」 ・主は私たちの実際を見られる  アブラハムの取り成しが始まります。 「gen18:22 その人たちはそこからソドムのほうへと進んで行った。アブラハムはまだ、主の前に立っていた。23節あなたは本当に、正しいものを、悪い者と一緒に滅ぼし尽くされるのですか。」 アブラハムはソドムの人々の救いのために取り成します。 と同時に、これは彼の甥のロトのために神様に哀れみを求めたのでしょう。また、ソドムに悪があることを知っていた。 甥のロトが滅びに巻き込まれないように諦めずに、 とりなしている。 アブラハムは言います。「gen18:24 もしや、その町の中に五十人の正しい者がいるかもしれません。ほんとうに滅ぼしてしまわれるのですか。その中にいる五十人の正しい者のために、その町をお赦しにはならないのですか。 gen18:25 正しい者を悪い者といっしょに殺し、そのため、正しい者と悪い者とが同じようになるというようなことを、あなたがなさるはずがありません。とてもありえないことです。全世界をさばくお方は、公義を行なうべきではありませんか。」 ソドムの町の住人が何人いたかは正確にはわかりませんが、 50人は少ない数字だったでしょう。 ほんの少しの人のためにあなたは滅ぼすわけがありませんと、 アブラハムは言いました。 これはソドムの現状をよく知っていたと言えます。 私たちも漠然ととりなすのではなく、 よく調べ、的確にとりなすものでありたいと思います。 全ての祈祷課題には祈るべきポイントがあると感じます。 私たちはそのポイント(みことば)をしっかりと握って、 祈るものでありたいと感じます。

してはならないことは、取りなさないことです。 諦めてしまう、見て見ぬ振り、ほっておく、また、 時として、人を滅びから救うことはリスクのあることと言えます。

とりなした通りに相手が立ち返ることもありますが、 忍耐が必要で、時として、悔い改めを迫る時に、 反感を買うことさえあるのです 「26節」で神様はこう答えます。 「もしソドムで、私が50人の正しい者を町の中に見つけたら、 その人たちのために、その町全部を許そう。」 神様は少数の正しい人々のゆえに ソドムの町を全部を許すと言ってくださっています。 ・これは驚くべきことで、計画を変更している。 アブラハムの取り成しを聞いてくださっています。 人間ひとりのとりなしが聞かれたのです。 短いやりとりではありますが、 主は祈りを聞き滅ぼすことをやめるといっています。 ・アブラハムにことを知らせとりなしを待っていたかのようです。 滅ぼすよりも、とりなしの祈りを聞き救いへと 導きたいという思いが現れている。 しかし、アブラハムの取り成しはまだ終わっていません。 実際これが始まりと言えます。 「28~32節gen18:28 もしや五十人の正しい者に五人不足しているかもしれません。その五人のために、あなたは町の全部を滅ぼされるでしょうか。」主は仰せられた。「滅ぼすまい。もしそこにわたしが四十五人を見つけたら。」

gen18:29 そこで、再び尋ねて申し上げた。「もしやそこに四十人見つかるかもしれません。」すると仰せられた。「滅ぼすまい。その四十人のために。」

gen18:30 また彼は言った。「主よ。どうかお怒りにならないで、私に言わせてください。もしやそこに三十人見つかるかもしれません。」主は仰せられた。 「滅ぼすまい。もしそこにわたしが三十人を見つけたら。」

gen18:31 彼は言った。 「私があえて、主に申し上げるのをお許しください。 もしやそこに二十人見つかるかもしれません。」 すると仰せられた。「滅ぼすまい。その二十人のために。」

gen18:32 彼はまた言った。 「主よ。どうかお怒りにならないで、今一度だけ私に言わせてください。もしやそこに十人見つかるかもしれません。」すると主は仰せられた。「滅ぼすまい。その十人のために。」」彼は続けます。

「もしその中で5人足りなかったとしたらどうしますか。」 と聞きます。すると神様は「滅ぼすまい」と答えられます。 食い下がって行くアブラハム、 祈りの格闘、また、主を恐る謙遜、 私たちも決して諦めない姿勢が必要です。 とりなしには短期戦と長期戦がある、 主は私たちのとりなしを待っておられるのです。 これは変わらないだろうとと思うことがあっても、 主はアブラハムひとりの意見をお聞きになったことを、 覚え、祈り続ける必要があります。 アブラハム何故こんなに食い下がっていったのでしょうか。 それは、アブラハムがソドムの事を知っていて、 本当に助かるように神様に取り成しているのです。 実際ソドムの街は人類史上初くらいの 悪い町だったようです。 残忍、強欲、同性愛、極度の不道徳。 彼はソドムに50人も正しい人がいない事を知っていたのでしょう。彼はソドムの現状を神様に伝えソドムが救われるように 取り成しているのです。 私たちもしっかりと友や隣人の為に粘り強く、 取り成すものでありたいと思います。 結局彼は十人正しい人がいたとしたら 滅ぼされない所まで約束しました。 十人というとソドムの人口の約1%だそうです。

日本のクリスチャン人口も約1%です。 少数ではありますが私達の存在は滅びをとどめ、 腐敗をとどめる地の塩、世の光である事を覚えたいと思います。

私達の事は皆神様に覚えられているのです。 「18節 アブラハム、地の全ての国々は、 彼によって祝福される。」

霊的に神様の民とされた私達は 祝福の器であることを覚えたいと思います。 しかし、ソドムの街は滅ぼされます。 それは神様が約束を破ったのではありません。 正しい人が十人、または1人もいなかったのです。

確かに神を敬う、義人ロトがいましたが、 彼自身もそれほど神に従順ではなかったように感じます。 初めにソドムの人々を見て行きたいともいます。

19章を見ると、二人の御使いがソドムを見に行きます。 gen19:1 そのふたりの御使いは夕暮れにソドムに着いた。 ロトはソドムの門のところにすわっていた。 ロトは彼らを見るなり、立ち上がって彼らを迎え、 顔を地につけて伏し拝んだ。 gen19:2 そして言った。 「さあ、ご主人。どうか、 あなたがたのしもべの家に立ち寄り、 足を洗って、お泊まりください。そして、 朝早く旅を続けてください。 《すると彼らは言った。 「いや、わたしたちは広場に泊まろう。《ロトの家に来ます。 彼らが夕食を食べ終わるとソドムの街の全ての人々が彼らのいた家を取り囲みました。

「gen19:4 彼らが床につかないうちに、町の者たち、ソドムの人々が、若い者から年寄りまで、すべての人が、町の隅々から来て、その家を取り囲んだ。」これは街の人々が二人の御使いを歓迎しに出かけてきたのではありません。

叫びながら「5節彼らをよく知りたいのだ。」と街の人々を言います。この意味は自己紹介をさせてくださいでは決してありません。性的な意味が含まれている。身元を調べる為であったら、

「gen19:8 お願いですから。 私にはまだ男を知らないふたりの娘があります。 娘たちをみなの前に連れて来ますから、 あなたがたの好きなようにしてください。 ただ、あの人たちには何もしないでください。 あの人たちは私の屋根の下に身を寄せたのですから。」 出来事は不自然だろう。

「9節~11節」結局ロトもひどい目に合わされそうになり御使いたちに助けられた。次にロトの行動を見て行きたいと思います。ロトはアブラハムの甥で、彼のためにアブラハムはとりなしていると言っても過言ではありません。

・滅びが決定する その後、み使いたちはロトに逃げるように言います、 「gen19:12 ふたりはロトに言った。 「ほかにあなたの身内の者がここにいますか。 あなたの婿やあなたの息子、娘、 あるいはこの町にいるあなたの身内の者をみな、 この場所から連れ出しなさい。 gen19:13 わたしたちはこの場所を滅ぼそうとしているからです。 彼らに対する叫びが主の前で大きくなったので、 主はこの町を滅ぼすために、 わたしたちを遣わされたのです。《」 で、ソドムが滅ぼされる事をロトに告げられる。 この後のロトの行動を見て行く時に、 ロトが正しい人であったから助けられたとは考えにくい、 ロトも神様を主としているので、 主にある義人といえるが神様に従っているとは言い難い。

⭐️初めに、とりなしの祈りは人の意思を超える といった意味はここにあります。 ロトは自分の義によって救われたのではなく、 アブラハムのとりなしによって哀れまれて滅びから逃れたと考えられる。

「19:1節 ロトはソドムの門のところに座っていた」 ⭐️当時門は重要なところであった。 門は全ての人が出入りする所で、 街の中でも信頼された人物が通行する人を見張っていた。 ロトはよそ者であるにもかかわらず、 その重要な役目を担っていた。 「gen19:9 しかし彼らは言った。 「引っ込んでいろ。《そしてまた言った。 「こいつはよそ者として来たくせに、 さばきつかさのようにふるまっている。」でも「裁き司のように振舞っている」と言われている。その意味は、彼はソドムの街でうまくやっていける道徳の持ち主であったのだろう。 「14節」では。娘達の婿たちに町が滅びる事を告げてもまじめに取り合ってもらえなかった。「彼の婿たちには、それは冗談のように思われた。」とある。これはロトの日ごろの態度が表されている。 gen19:15 夜が明けるころ、御使いたちはロトを促して言った。 「さあ立って、あなたの妻と、ここにいるふたりの娘たちを連れて行きなさい。さもないと、あなたはこの町の咎のために滅ぼし尽くされてしまおう。《で街が滅ぼされる事を告げられるが、夜が開けるまで留まっている。 gen19:16しかし彼はためらっていた。すると、その人たちは彼の手と彼の妻の手と、ふたりの娘の手をつかんだ。――主の彼に対するあわれみによる。そして彼らを連れ出し、町の外に置いた。 16節の初めではロトはためらっていた。不従順である。そして、御使いが彼らの手をつかみ助けたのである。「主の彼に対する哀れみによる。そして彼らを連れ出し、町の外に置いた。」 これは非常に不思議なことで、もはや手遅れだったが、み使いは彼らの手を取り、強制的に救った、アブラハムのとりなしの力を感じる、とりなしを受けているロトの意思よりも、アブラハムのとりなしの祈りが優先されているのではないか。 gen19:17 彼らを外のほうに連れ出したとき、そのひとりは言った。「いのちがけで逃げなさい。うしろを振り返ってはいけない。 この低地のどこででも立ち止まってはならない。山に逃げなさい。 さもないと滅ぼされてしまう。《 gen19:18 ロトは彼らに言った。 「主よ。どうか、そんなことになりませんように。 gen19:19 ご覧ください。 このしもべはあなたの心にかない、 あなたは私のいのちを救って大きな恵みを与えてくださいました。 しかし、私は、山に逃げることができません。 わざわいが追いついて、たぶん私は死ぬでしょう。 gen19:20 ご覧ください。あそこの町は、 のがれるのに近いのです。しかもあんなに小さいのです。 どうか、あそこに逃げさせてください。 あんなに小さいではありませんか。私のいのちを生かしてください。《 ・小さければ罪がなく、良いという問題ではない gen19:21 その人は彼に言った。「よろしい。わたしはこのことでも、あなたの願いを入れ、あなたの言うその町を滅ぼすまい。 gen19:22 急いでそこへのがれなさい。あなたがあそこにはいるまでは、わたしは何もできないから。《それゆえ、その町の吊はツォアルと呼ばれた。

17節を見ると、山に逃げなさいと告げられたが、 20節を見ると町に逃げようとしている。 その町は滅ぼされる事になったと思われる。 ロトの不従順が見られる。 Gen. 19:26 ロトのうしろにいた彼の妻は、 振り返ったので、塩の柱になってしまった。 この世の歩みに未練を持っては行けない、 半霊、半肉で生きるな、 罪を捨てて主ともに行きなさいと言っている。 Gen. 19:29 神が低地の町々を滅ぼしたとき、 神はアブラハムを覚えておられた。 それで、ロトが住んでいた町々を滅ぼしたとき、 神はロトをその滅びの中から逃れるようにされた。 ソドムには正しい人が一人もいなかったと言える. しかし、神様はアブラハムの取り成しを聞いてくださり、 ロトの家族を哀れんでくださり、不従順、 不信仰であったロトの家族を救ってくださった。 2Chr. 7:14 わたしの名で呼ばれているわたしの民が、自らへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求めてその悪の道から立ち返るな 私達は忍耐強く、粘り強く友達や、隣人のために祈っていくものでありたい。神様はロトを救って下さったように、私達の隣人主救ってくださる。期待して祈りましょう。 そして、何よりも私たちはキリストからとりなされている。

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