主が愛された教会

題:主が愛された教会 聖書箇所:黙示録1:10-20

黙示録1:10-20

7つの手紙から学ぶ

7つの手紙は当時の教会の状態を語っているが、現代の教会の現状に精通するものがある。 7つの教会には様々な長所と短所があり、神からの励ましと警告の言葉が書かれている。 それは、終末生きる私達に対する神様からのメッセージであり、神が教会を愛されていることがわかります。

⑴「発信人」・・・のような方が言われる。 (2) 「状況の把握」・わたしはあなたの~のことを知っている。 (3) 「賞賛」・・・・主が求める良い点 (4) 「叱責」・・・・主が認める悪い点 (5) 「励まし」・・・~しなさいという命令 (6) 「報酬」・・・・勝利を得る者には~を与えるという約束 (7) 「再臨の接近」

1:12節 7つの燭台は教会を現し、この燭台は別々に立てられているのではなく、かしらなるキリストを中心としたメノラーです。(出25:36)

これは何を現しているかというと教会は「キリストの体である教会は一致を保つと同時に7つの教会もまた、キリストによって1つということです。」さまざまな教団教派の個性がある中においても一致が必要と言えるでしょう。

この7つの教会が抱えている問題は現代の教会にも充分起こりうるもので、当時の教会はさまざまな欠点や異端の攻撃、地域の問題の中に置かれており、主が注意を与え、励まし褒めている事がわかります。

覚えたいことは、主は教会の欠点を責めると同時に褒められる点を評価し、それぞれの教会の働きを喜んでいるという事なのです。主はその地域地域の難しい現象を知っており、その中で生きる私たちに目を留めいることがわかります。

1:11 その声はこう言った、「あなたが見ていることを書きものにして、それをエペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、サルデス、ヒラデルヒヤ、ラオデキヤにある七つの教会に送りなさい」。

1.エペソ「国際商業都市」現在の東京やニューヨークと言えます。人口25万 パウロの伝道の出発点 「2:2 わたしは、あなたのわざと労苦と忍耐とを知っている。また、あなたが、悪い者たちをゆるしておくことができず、使徒と自称してはいるが、その実、使徒でない者たちをためしてみて、にせ者であると見抜いたことも、知っている。 」

※偽預言者を見抜く力があった。私たちは間違った教えを容認してはなりません。 3節忍耐と苦労、疲れない粘り強さを評価している。さまざまな問題において簡単な解決方法はない。

労苦と忍耐を持って正しく歩んでいた教会であった。 滞りなく全ての事が順調だったかもしれないが、一番大切な愛が無くなってしまっていると警告されている。

「2:4 しかし、あなたに対して責むべきことがある。あなたは初めの愛から離れてしまった。 」 初めの愛から離れてしまった。と評価されている。

1. 「初めの愛」とは何か 「初めの愛」ということばは、聖書でこの箇所(2:4-5)にしか使われていない「表現」です。 「初め」と訳されているギリシア語は「プロートス」(πρωτος)という形容詞です。 この言葉は、「まず、はじめの、最初の」という時間的な意味だけでなく、「第に、最高に、何よりも優先すべきこととしての」という質的な意味もあります。

「2:5 そこで、あなたはどこから落ちたかを思い起し、悔い改めて初めのわざを行いなさい。」と悔い改めを迫られています。 初めの愛は大切、あなたが主に心を燃やされていた時のことを思い出し、それ以上の熱意が与えられることを祈る必要があります。

また、主のために何かをするだけではなく恋人同士のように何よりも優先して主とともに歩む事が大切です。ミカ6:8

2.※スミルナ 大迫害を受けている貧しい教会 。

「2:8初めであり、終わりである方、死んで、また生きた方が言われる」神ご自身からの励ましの言葉であることが強調されている。

現実の貧しさにも拘わらず、「あなたは実際は富んでいる」という言葉によって、神から良い評価を与えられている霊的に祝福されている教会。

「2:9 わたしは、あなたの苦難や、貧しさを知っている(しかし実際は、あなたは富んでいるのだ)。また、ユダヤ人と自称してはいるが、その実ユダヤ人でなくてサタンの会堂に属する者たちにそしられていることも、わたしは知っている。 」※(わたしは知っている。)この苦労は誰も知らないと思うかもしれません。しかし、主は私たちの困難をご存知です。

主はスミルナの直面している困難な状況であり教会内の異端者の攻撃があることをご存知です。

※そこから直ちに解放される約束はありません。むしろ 2:10「あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはいけない・・・死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう」と忍耐を命じる。 現在、中国やイスラム圏迫害を受けている教会がある。 迫害を逃れさせようではなく、「迫害を恐れるな」と語っています。 3.ペルガモ 「2:12鋭い、両刃の剣を持つ方がこう言われる」黙1:16 メシアの象徴 福音を語ることは霊的な戦いなのです。福音を語るときに当然反発もあるのです。 ヨハネはその様子を「サタンの王座がある」と書いている。ペルガモには現在もゼウス神殿跡が残っている。

これは神は私たちの環境を考慮されている事がわかります。ここには他にはない厳しい現状があったことをご存知なのです。何を意味するのかというと「主は難しい環境を考慮して評価をする」ことがわかります。

※福音が語りやすい文化、語ることが許されない社会が現在でも存在します。神はそれぞれの教会が置かれた環境、文化、社会体系に応じて信仰の評価をするのです。宣教が難しい日本に置いて主の眼差しは熱く注がれているでしょう。

「2:13 わたしはあなたの住んでいる所を知っている。そこにはサタンの座がある。あなたは、わたしの名を堅く持ちつづけ、わたしの忠実な証人アンテパスがサタンの住んでいるあなたがたの所で殺された時でさえ、わたしに対する信仰を捨てなかった。 」

スミルナのキリスト者同様、激しい迫害の下に置かれ殉教者を出した。わたしに対する信仰を捨てなかった」と賞賛されている。 ※しかし「あなたには少しばかり非難すべきことがある」とも言われている。 「2:14 しかし、あなたに対して責むべきことが、少しばかりある。あなたがたの中には、現にバラムの教を奉じている者がある。バラムは、バラクに教え込み、イスラエルの子らの前に、つまずきになるものを置かせて、偶像にささげたものを食べさせ、また不品行をさせたのである。」 バラムは異邦人預言者バラク王にイスラエルの民を呪うよう命じましたが、神の命令により祝福しました。しかし、モアブの女性たちを使ってイスラエルに罪を犯させました。

※これは、「口では良い言葉、祝福を述べますが実際の行動は堕落している」と指摘しているのです。

偶像にささげたものを食べさせ、また不品行をさせた…と警告されている。教会が信仰が偶像礼拝化していた。カトリックなど、 ※教会は殉教者をだすほどの迫害に耐えてきた。しかし、「小さな罪にも神様は妥協せず悔い改める事を願っている。」 迫害に耐えていれば、小さな罪を冒して良い訳ではないのです。 4.テアテラ 2:18工業都市 トルコでは絨毯を生産している土地で有名です。 愛と奉仕を褒められている。 テアテラ教会については「あなたの近ごろの行ないが初めの行ないにまさっていることも知っている」と評価されている。 「2:19 わたしは、あなたのわざと、あなたの愛と信仰と奉仕と忍耐とを知っている。また、あなたの後のわざが、初めのよりもまさっていることを知っている」

※教会成長の秘けつ 継続的な愛と信仰と奉仕と忍耐の行いが必要です。

※2:20しかし、あなたは、あのイゼベルという女を、そのなすがままにさせている。 この女は女預言者と自称し、わたしの僕たちを教え、惑わして、不品行をさせ、偶像にささげたものを食べさせている。 教会は不道徳を行い、偶像礼拝化している。この女と姦淫する者をも、悔い改めて彼女のわざから離れなければ、 大きな患難の中に投げ入れる。 と警告されている。※「勢いが初めより増していれば良い訳ではなく、誠実に歩む事が求められている。」

5.サルデス 繊維を染める仕事が盛んで経済的に豊かであったと言われていた地域。

3:1神の7つの御霊とは神のご性質。 イザヤ11:2 1.知恵、2.悟り、3.はかりごと、4.能力(偉大な力)5.主を知る知識、6.畏れ、7.敬う霊

3:1 サルデスにある教会の御使に、こう書きおくりなさい。『神の七つの霊と七つの星とを持つかたが、次のように言われる。わたしはあなたのわざを知っている。すなわち、あなたは、(生きているというのは名だけで、実は死んでいる。 ) 3:2 目をさましていて、死にかけている残りの者たちを力づけなさい。わたしは、あなたのわざが、わたしの神のみまえに完全であるとは見ていない。

サルデス教会の陥っている霊的な無気力状態を指すものであろう。 「活動していない訳でもなく、罪を犯しているわけでもない。 神の言葉が全て全うされていない。」という状態。儀式、形式、伝統ばかりでか活気がなく、御霊と御力の現れがなかったのかもしれない。

3:4 しかし、サルデスにはその衣を汚さない人が、数人いる。彼らは白い衣を着て、わたしと共に歩みを続けるであろう。

行いは評価されているもの達が数人いた。 彼らは信仰を持って神とともに生きていたと言える。 しかし、神の言葉が全うされていない状態は死んでいると評価されている。

イエスキリスト、神を学び、聖霊を学ばないことや、御霊の実は知っていても、 御霊の賜物は知らない状態など…

その逆も言える。聖霊ばかりを知っていて、悔い改めをしらない、 御霊の賜物は求めるが、御霊の実がないなど… 偏りのある信仰

6.フィラデルフィア 目立ったところはなかったが堅く信仰に立っている教会。神様からの評価。 「3:8 わたしは、あなたのわざを知っている。見よ、わたしは、あなたの前に、だれも閉じることのできない門を開いておいた。なぜなら、※あなたには少ししか力がなかったにもかかわらず、わたしの言葉を守り、わたしの名を否まなかったからである。 」

※力は乏しかったが、主の御名を愛していた。主はそのことを知っておられた。

3:10 忍耐についてのわたしの言葉をあなたが守ったから、わたしも、地上に住む者たちをためすために、全世界に臨もうとしている試錬の時に、あなたを防ぎ守ろう。 「 大患難をま逃れる。力は乏しかったが、この教会には叱責はない。」

7.ラオデキア この世に対して妥協を重ねて来た教会。経済的には富んでいたが、霊的には貧しかった。 3:15 わたしはあなたのわざを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。 3:16 このように、熱くもなく、冷たくもなく、なまぬるいので、あなたを口から吐き出そう。 3:17 あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、なんの不自由もないと言っているが、実は、あなた自身がみじめな者、あわれむべき者、貧しい者、目の見えない者、裸な者であることに気がついていない。 しかし 主は、ラオデキヤの現状を憂えているが、決して見放してはいない。

3:19 すべてわたしの愛している者を、わたしはしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって悔い改めなさい。 3:20 見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。と悔い改めを促す。 「※ラオデキアはアナトリア山地にあるミアンダ川の冷たい水とラオデキア山の熱い温泉の水が合流し完全に生ぬるくなる位置にあります。※覚えておきないことは地理的な環境が霊的な状態に影響することです。」

「神のメッセージは賞賛ー叱責ー励ましと続いている事がわかります。」主は私たちを励ましてくださる方なのです。 私たちはこの流れを覚える必要があります。

「スミルナとフィラデルフィアには励ましの言葉だけが与えられている。」私達自身の信仰の、教会の現状はどの教会に当てはまるでしょうか。

「黙示録2:7 耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。勝利を得るものに、わたしは神のパラダイスにある命の実を食べさせよう。」

諸教会に主が語られたことに耳を傾け、初めの愛にもどり、以上に主を慕い求め主とともに生きましょう。 「いのちを得る」とは、神と人とが親しい、豊かなかかわりを持つことを意味しています。また、その「いのちのしるし」とは、かかわりにおける「親しさ」であり、「豊かさ」と「喜び」です。それが「いのちのしるし」と言えるものです。

主の親友となりましょう。

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